四十一歳の夏だから~♪
41歳@昭和43年って♪それにつけてもおやつはカール♪のカールが誕生した年なんですってね。明治製菓カールを食べてると、袋に書いててしんみりしました。
四十一歳、41歳ってウルサイやっちゃなぁと言われてしまいそうですが(笑)。
41年間で、印象に残ってる事の1つとしては、餃子の王将のタダ券ブーム。
小4の2学期に入ってスグ、引っ越し&転校の時、自己紹介で、将来は喫茶店の経営者に成りたい巨人ファンですとアピールして、文集にも書いたりして、調理師に先ずは成ろうと考えたのですが、小5の時、カネ持ちの同級生がハンバーガーをおごってくれてその美味さに感動して、ますます飲食業に憧れたのですが、おごってくれた彼が毎週週刊少年ジャンプを買って漫画家を目指してたのが影響で、僕は週刊少年ジャンプを借りて読んでるうちに秋本治さんに憧れ漫画家に成りたいと思うように成った。
中1の時、餃子のタダ券フィーバーみたいなのがあったのですが(他の町でもあったかどうか分からないのですが(笑)、餃子食べないから要らんねんと言う方からタダ券を安く売ってもらってお金持ってなさそうな若い教師に1枚100円で売った(ホントはイケナイでしょうね)。餃子の王将の焼き飯の美味さに感動し、再び将来はコックに成ると考えるように成りどうしたら早くお金を稼げるかを毎日考えてた。
中2の時、阪神11連勝大フィーバーでトラキチが集い合う飲食店が話題に成ってたのを見て、いてもたってもいられなく成り、京都王将の方に「日曜日だけアルバイトで雇ってもらえないでしょうか。ムリでしたら、来年、中学校を卒業した時、雇ってもらえないでしょうか」と言った。店の方は「中学生は雇えないですが」「来年ももし今と同じ考えなら、その時また来なさい」と仰り、今あらためて思いますと素晴らしいお答えだと思います。うれしかったです。皆から高校は出とけとアドバイスを頂く中、早くお金を稼ぎたいと両親や担任の教師を説得した。中3の1学期に高校受験せず調理師学校へ進路が決まり、高校受験でピリピリしてる皆への影響を考え担任の教師から「皆には暫く黙っといてくれ」と言われた。餃子の王将にバイトの申し込みしなかったけど、辻調生の時は、ダイエー店内のうどん屋で日祝だけ(店長から「来てくれ」と言われた日だけ)バイトした。
中3の1学期、進路が決定する際、スグ就職するより調理師学校に行った方が良いと言う事で、僕が学費が少しでも安い調理師学校を調べて父に学校名を言うと、父が「中途半端な所に行くよりも№1の所に行った方が良い。辻調へ行け」と言ってくれた時が今までの人生の中で1番うれしかった事です。
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。































コメント